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家庭で印刷できる時代。

2011
09
July

昔は特別な業者に依頼するのが通常だった、印刷。印刷を家庭で手軽にできる時代になりました。まず、パソコンの普及、それに伴うプリンターの一般家庭への普及、そして手軽なデジタルフォトカメラの存在、これらが家庭に浸透したためだと思います。その少し前には、コンビニエンスストアなどでコピーが手軽にできるようになっていましたね。その手軽さを家庭に持ち込んだのがインクジェットプリンターです。年賀状や写真など、家庭では印刷出来ないものが出力できるようになり、我が家ももちろん重宝しています。
 過去数十年、企業にとっての株式公開(IPO)の意味はさまざまに変わってきました。その昔、ハードルの高かった株式公開は、2000年のITバブル前後に次々と新興市場が創設されたことで、ピークの2000年には年間203社が株式公開しました。

【ちきりんの“社会派”で行こう!:株式市場から“自由”になる会社たちの行方】

 しかし、2006年のライブドア事件、その後のリーマン・ショックと株価低迷を経て、2010年は22社と最盛期の10分の1の水準まで減少しました。

 株式公開のメリットには「名前」と「お金」があります。上場すると「名前」が有名になり、それは……

・取引の際の信用力向上
・販売時の知名度の向上(マーケティング、広告)
・採用時の人気の向上(上場会社に就職!)
・経営者の名声の向上(上場会社の社長さん!)

 につながります。

 お金の方は……

・資金調達手段が増える(公募)
・M&Aの財務選択肢が増える(株式交換)
・採用インセンティブに株式が使える(ストックオプション)
・公開時に多額の資金が手に入る(投資資金調達+創業者利得)

 などがあります。

●株式公開のデメリット

 一方、株式公開のデメリットもあります。

・経営の自由度を失う
・買収されるリスクにさらされる
・管理にコストと手間が生じる

 「経営の自由度を失う」「買収されるリスクにさらされる」ことを嫌う企業の中には、サントリーなどあえて株式を公開しないところや、アパレル大手のワールドのように途中から非公開化するところも存在します。

 昔は、株式公開といえば“企業の達成目標の1つ”であり“憧れ”だったのだと思うのですが、最近はそのメリットとデメリットを比較し、資金調達や採用に困らないのであれば、あえて株式公開を目指さない経営者や株主も増えていると思います。

 というのも、最近の新しい企業にとっては株式公開のメリットが必ずしも大きくないからです。例えば採用においても、採用したいと思う層が「就職先企業が上場企業かどうかを気にする層」ではなければ、この点での株式公開メリットはありません。

 知名度に関しても、「ネット上で十分な知名度さえ築ければそれでいい」ところもあるし、取引上の信用力についても、株式公開するより「グーグルやヤフー、IBM、マイクロソフトなどのビッグネームと取引がある」という方が意味のある時代になりつつあります。

 早くから投資ファンドなどが資金提供をオファーしてきた場合は、資金調達手段としての意義も薄れます。また、最近はそんなに多額の資金が必要ではない事業も増えてきました。

 そういった会社にとって唯一意義が大きい株式公開のメリットは、積極的なM&Aが可能になるということでしょう。ソフトバンク、ファーストリテイリング、ヤフー、エイチ・アイ・エス、楽天、ディー・エヌ・エーなど、2000年の前後10年間に株式公開した企業の多くが、積極的なM&Aを成長の源泉としています。

 反対に言えば、M&Aを多用して急成長を目論むのでなければ、株式公開はいよいよ意義をもたなくなるということです。そして、「そんなに急成長する必要はない」と思う企業の中には、最初から株式公開を目指さない起業人が出てくるのです。

●企業のゴールをどのように決めるか

 そうなると、次に興味深いことは「それらの企業が自ら設定する企業としてのゴールが、どのようなものになるのか」という点です。

 株式公開すると、企業は投資家から「利益を出し続けろ」「成長を続けろ」というプレッシャーを受けます。一方、株式公開をしなければ、各企業は「自分でゴールを定める自由度」と「自分でゴールを設定する必要性」を手にします。

 これは個人も同じで、世間が要求する「良い大学」「良い会社」「良い家庭」のようなお決まりの目標を受け入れると、束縛はされますが、やるべきことが示されているので、ある意味ではラクなのです。

 一方、「別に大学に行かなくてもいいし、別にいい会社に入る必要もない。家庭も持っても、持たなくてもいいよ」と言われると、どう生きていけばいいのか分からなくなり、悩み始める人も出てきます。中には「自分探しのアリ地獄」に足を取られて、動けなくなる人も出ます。

 企業に関しても「必ずしも成長を続けなくてもいい」という状況に置かれると、同じようなことが起こるのではないかと思うのです。自由というのは、面倒でつらいものです。多くの人はそれを“持てあまし気味”になります。個人にとっても企業にとっても、自由度が高まることは諸刃の剣です。

 「企業が常に外部から利益と成長を求められる」という公開会社の制度は、これまで世界の経済成長と社会資本形成に大きな貢献をしてきました。では、その束縛から自由になった企業は何を社会に残していくのでしょう?

 「生きたいように生きる個人」と「利益にこだわらずやりたいことをやる会社」――言葉はかっこいいですが、実際には自由に生きられる人が極めて少ないように、自由にやっていける会社も限られています。

 自由になり、押し付けられた使命から逃れれば、その代わりに「自ら使命を掲げ、それにコミットし、自らを動機付けていく」ことが求められます。それは実は、決まった使命を押しつけられるより圧倒的に大変なことです。

 ちきりんとしては、「株式公開を目指さない」とあえて言う起業家たちがそのチャレンジを乗り切り、企業という社会的な器の存在意義に新たな地平を開いてくれることを期待しています。

 そんじゃーね。

(ちきりん)


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